マキャフリー&ラッキー『旅立つ船』

旅立つ船 (創元SF文庫―「歌う船」シリーズ)

旅立つ船 (創元SF文庫―「歌う船」シリーズ)

 読書マラソン3・四十八冊目。
 以前に読んだ『歌う船』の続編シリーズをようやく読了。
 と言っても、アン・マキャフリー一人が書いたシリーズではなく、マーセデス・ラッキーとの共作と言う形をとっていますが。
 以下感想。
「歌う船」こと、ヘルヴァよりも未来に時間軸を移してのストーリーになります。
 ヘルヴァが頭脳船として八〇〇番台に対して、今作の主人公ヒュパティア(以下ティア)は一〇〇〇番台と、時間経過を感じさせます。
 また、作中でも「自分の筋肉であるアレックスと恋愛関係になっていいのか?」と言う疑問に対して、相談相手が頭脳船と筋肉の恋愛に関してはヘルヴァがすでに伝説となっている事を話しています。



 前作『歌う船』が、女性が一番最初の男を忘れて新たな男と新しい生活を始める、と言うアン・マキャフリーの私生活も色濃く出ていた設定でしたが、今作は新しい生活を始めてその後、と言った印象を受けました。
 


 主人公ティアは、人間としての成長を経験せず殻人になったヘルヴァ達とは違い、七歳まで普通の少女として過ごしていたものの、原因不明の病気によって全身運動麻痺になってしまい、そこから脱出するために殻人になりました。
 そのため、「少女のメンタリティを持った宇宙船」と「その相棒」との恋愛が、前作よりもより深く描かれた作品です。
 自分自身は宇宙船であり、相棒であるアレックスと触れ合う事も出来ない。
 そんな感情はほぼ生まれついての殻人のヘルヴァ達では到底ありえない感情であり(彼女達は自分が殻人である事に誇りを持っています)むしろそんな悩みはナイアル・パロランの仕事でしたから。



 余談ながら、今回のアレックスは健全な体育会系の性格設定で、良くも悪くも陰険だったナイアル・パロランと比べると、何だか複雑な気持ちです(笑)。
 ヘルヴァとナイアル・パロランはお互いがんがん悪口や皮肉を言い合うことがある意味愛情表現みたいな所がありますが、ティアとアレックスはそうじゃないもんなぁ……(苦笑)。
 そういう性格と境遇の違いが、ラストのオチにつながっていきます。ある意味で作品テーマを否定したようなオチとも言えますが、ヘルヴァとナイアル・パロランがこれを知れば、多分、買うんだろうなぁ。
 おそらくナイアル・パロランの熱烈なアピールで(笑)。



 さて、今作の主人公ティアは、そういう意味では貴重な人間としての人生を短いながらも経験した少女です。
 七歳ながらも高い知性と教養を持ち、そこからくる子ども扱いされる事への怒りと、両親に対しての愛情深さとが相まって、非常にかわいらしい設定です。
 それがいきなり謎の病気で全身運動麻痺でどんどん絶望の人生になるのだからその落差は相当なものでしょう。
 その謎の病気の原因は、異星の遺跡を発掘する異星考古学と言う未知の領域へ調査する学問の障害となるものであり、SFギミック的にも興味深いものがあります。



 前作の話ばかりしすぎましたが(苦笑)SF嫌いでも読みやすいと言われる『歌う船』よりもさらに読みやすく、続き物でもないのでこれから読み始めても大丈夫。
 「萌え」と言う観念から見ればヘルヴァ以上の主人公ティアの活躍をお楽しみ下さい。